相続放棄 8/8

「腕、つかまれた。 怖かった。痛かった。熊木先生が桜木さんを諭してくれてすぐ放してもらった。」それだけだよ。

「お兄さんが一人で行くなといった理由が分かった。ありがとう。」

「そっか。怖い思いをさせてごめん。なんとなく、嫌な予感がしていたんだ。」

「えっ?いつから」

「初めて、桜木さんの奥さんが来た時から。」

「えー。なんで。」

「生活が困窮しているように思えた。余命半年の旦那さん、延命治療はしてなさそうなのに病院へ入っているでしょ?」

「家で、寝ているだけでいいのなら、入院しなくてもいいのでは?」

「あー」

「なのに、入院しているという。面会に行ったら、一人部屋だった。通常6人部屋でしょう。」

「何か、性格上の問題があるのだと思った。勝手な想像だけど、奥さんは、暴力振るわれていたかもしれない。お子さんの話ほとんど出てこなかったでしょ。話したくなさそうだった。」

「お兄さんは、私が一人で病室に入るのを禁止した理由は、暴力振るわれると思ったから?」

「確証はなかったけど、女の人に対して、その可能性はあると思った。私には、始終穏やかで問題なかったけど。」

 

「お兄さんに助けられた。ありがとう。」

「僕が言わなくても、たぶん病院がわで注意はしてくれていたと思うけどね。ラッキーだったのは、たまたま、熊木先生がいてくれたことだね。」

 

「なんで、その可能性を最初から話してくれなかったの?」

「憶測でしかないからねー。」

 

「和花は、腕をつかまれたこと、なんで隠そうとした?」

「隠そうとしたわけじゃないけど。なんだろう。思い出したくない。言いたくない。そんな気持ち。でも、なんか気分が晴れなくて。だから早く帰って寝れば治るかと思った」

 

「バカ」

 

「えー。ひどい。」

「今は、どういう気分?」

「あー。不思議。気が晴れたみたい。怖かったけど、話してすっきりした。」

「これからも、隠さず報告して。」

「はーい。じゃ帰るね。」

 

「はい。お疲れさま」

 

事務所を出ると、冷たい風が吹き抜けた。わー寒い。コートの襟をぐっと抑える。

春が待ち遠しいなあ。

つづく

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