今日は、いつもより早めに出所した。事務所の始業開始は、9時30分だが、現在8時。
誰もいないだろうと思っていたが、すでに兄が出所していた。
「おはよう。お兄さん、早いね。」
「私は、いつもこの時間。和花は、1時間早いけど時間間違えたの?」
「ちがうー。今日は、ほら市役所の無料法律相談があるでしょ。それで所内の仕事ができないから、今のうちにできるところまでやっておこうかと」
「和花も少しずつ、司法書士らしくなってきたじゃん。何時に出るの?」
「9時30分」と言って私は、黙々と急ぎの仕事を片付けていた。
司法書士会の所属の支部から、年に数回順番で無料相談があてがわれる。新人だけでなく、兄のようなベテランも相談にのる。
今回、私は、初めてだ。
「行ってきまーす!」9時30分、六法や筆記用具を持って、当てがわれた市役所の出張所へ行く。
市役所へ到着して、職員に声をかけた。部屋に通されると、すでにご相談者が来ていた。
慌てて、名刺を差し出してご挨拶をする。
「時間より早く来てしまい申し訳ありません。中山と申します。」とご相談者が席を立って挨拶をしてくれた。「いえ。とんでもないです。司法書士の神咲と申します。よろしくお願いします。」
着席を促す。「早速ですが、今日は、相続のご相談と聞いております。どのようなご相談でしょうか」静かに言う。兄に言われているのだ。相続の相談者は、大切な人を失って悲しみのふちにある。大きな声で笑うのは、言語道断。言葉も慎みやかにしずかにと。
「はい。1年前、主人を亡くしまして、銀行解約手続きとか、その他もろもろの手続きを1人りで行いました。最後に、不動産の名義を主人名義から私名義に変更したいと思いまして、勉強がてら、自分でやってみたいと思ったのです。手続きの仕方を教えていただけますか?」
「はい。もちろんです。しかし、すごいですね。一人で全部やろうというのは。」
「勉強しながら、新しい知識が増えていくのが楽しいんです。自分ができれば周りに教えてあげられるし。仕事をしていたときは、時間がなくてとてもできなかったけど。今は、時間ができたので、できる限り自分でやりたくて。」
「すばらしい向学心ですね。私も見習わなくては。しかし、中山さんみたいな人が増えると、司法書士の仕事が減って困ってしまうなぁ(笑)」
「旦那さんは、1年間にお亡くなりになったんですよね?お子さんは、いらっしゃいますか?」
つづく