しかし
30年以上前の清算人がご存命だという可能性は限りなく低い。例えば、当時55歳だと仮定して
今、85歳だ。ご存命だろうか。ご存命だとしても意思能力はあるだろうか。抵当権抹消登記に協
力してくれるとも限らない。それに、清算人の住所も登記されているが、清算結了後、引っ越し
たかもしれない。
清算人と連絡が取れなかった場合を想定し他の方法も考えた方が良さそうだ。
兄は、絶対に、そこをついて私に質問をしてくるに違いないから。
そうすると、今回の状況で単独申請で登記申請ができるのは、判決による単独申請か、休眠担保
の抵当権抹消かな。
判決による単独申請は、訴え提起して、勝訴判決だよね。解除証書がないし、何より訴訟って大
げさすぎる気がする。
休眠担保は、確か不動産登記法70条あたりのはずだ。
70条1項2項には、
①登記権利者は、登記義務者の所在が知れないため登記義務者と共同して権利に関する登記の
抹消を申請することができないときは、公示催告の申立てをして除権決定を得ることで単独で抵
当権を抹消できるとある。
② 70条3項前段は、登記義務者の所在不明により、登記の抹消の共同申請ができない場合に
「債権証書」と「債権並びに最後の2年分の定期金の受取証書」があるときは、単独で抵当権を
抹消できるとある
③70条3項後段は、登記義務者の所在不明により、登記の抹消の共同申請ができない場合に債
権の弁済期から20年を経過し、かつ、その期間を経過した後に当該被担保債権、その利息及び債
務不履行により生じた損害の全額に相当する金銭が供託したときは単独で抵当権を抹消できると
ある
③は、だめだ。すでに弁済済みだからだ。再度弁済するなんてありえない。
②は、債権証書や受取証書がない。
そうすると①しかない。①だと、公示催告の申し立てをして除権決定を得なければならない。
①の方法だと時間かかりそうだけど、この方法しかないかな。
しかし、少し調べたことで気が楽になった。
それからしばらくして、園田さんから電話がかかってきた。園田さんと娘さん2人で話し合
いをした結果、豊さんの土地と建物は、現在住んでいる奥さんの園田さんが相続することになっ
たとのことだ。
こちらで遺産分割協議書を作成することになり、1週間後、押印いただくため、園田さんと
娘さん2人に来てもらうことになった。
一週間後
園田さんと娘さんが約束の時間にご来所された。兄は、外出していたので、私が一人で対応す
る。
「母が大変お世話になっております。この度は、いろいろお手数をかけているみたいでありがと
うございます。」
「いえ。とんでもございません。現在、お父様名義になっている土地・建物ですが、園田さんか
らのお電話で、お母さまが相続することになった旨お聞きしたのですが、お二人ともお間違いな
いですか」
「はい。異存ありません。母は、父が亡くなって以降ずっと、ふさぎ込んでおりまして、10年経
ってやっと吹っ切れたようで、ようやく色々整理できるようになったんです。当時は、父を追うように母も逝ってしまうのではないかと姉妹で心配しておりました。」
「あなたたちに心配かけて悪かったわ。お父さんね、お母さんと結婚する前にこの家を買ってて
ね。結婚して初めて借金のあることが分かったの。家計切り詰めて、ローン返済して、それから
あなたたちが大きくなると手狭になった家を増築するのにまたローンを組んだの。お父さん、頑
張って働いて、私たちを養ってローン返済して…。お父さんが残してくれた財産は、この家くら
いだけど、お母さんにとっては大切な想い出がたくさんつまっているわ。」
どこか懐かしそうに、園田さんが語り始めた。園田さんにとってこの家は、ご主人やお子さ
んたちと暮らした大切な家なのだと伝わってくる。
「あら。ごめんなさいね。しんみりとした話。どうぞ手続き進めて下さい。」
「あっ、はい。お母さまが相続するという内容の遺産分割協議書を作成しました。内容、読み上
げますね。」
「お間違えなければここに署名と個人の実印での押印お願いいたします」
滞りなく、3人の署名と押印が終わり、持参してもらった印鑑証明書と押印の印影を確認する。
「書類がそろったので、明日、相続登記の申請をします。名義が移りましたら、抵当権抹消登記
に移りたいと思います。抵当権については、今調査中なので、今しばらくお待ちください。」
つづく