「前略
神咲先生におかれましては、お元気で活躍されていることと存じます。私は、以前登記の件で先生にお世話になりました早瀬と申します。この度、自分の死後の財産の承継につきまして遺言を書きたいと考えております。大変お忙しい中恐縮なのですが、お力をお借りできますでしょうか。法律にはうとく、遺言の書き方もよく存じません。しかし、遺言は、書き方を間違えると無効になるとも聞きます。ですので、ぜひ信頼のおける神咲先生に私の遺言についてご指導賜りたくぶしつけながらお手紙を差し上げました。この手紙が届く頃合いをみてお電話いたします。どうかよろしくお願い申し上げます。
かしこ」
「わーずいぶん、丁寧なお手紙だね。どこの貴婦人かしら?」兄への手紙をのぞき込む。
「びっくりしたー。人の手紙を盗み見しない!」
朝、出勤したら兄が綺麗な便箋の手紙を読んでいるところだったので、「ラブレター?」と思い、こっそり後ろに回って盗み見したのだ。
「お兄さん、以前登記をお手伝いしたとあるけど早瀬さん、覚えてる?」
「もちろん。5年くらい前かな。とても大変だったからよく覚えている。名前も珍しいしね。」
「昔のお客さんがお兄さんを信頼して今度は、遺言の相談のご依頼をしてくれるって、ちょっと嬉しいよね。」
司法書士は、スポットの案件が多いから一期一会のことが多い。今回のお客さんも5年ぶりということになるのだろう。
事務所のスタッフ皆がそろった頃を見計らったように電話が鳴った。早瀬さんからだった。
兄につなぐと、兄が丁寧なあいさつをする。兄だけの声しか聞こえないが手紙の内容を話しているようだ。
「それでは、来週火曜日13時お待ちしております。」と兄
「聞こえた?」
「うん。来週来るんでしょ?」
「そう。同席してみる?」
「いいの?」
「うん。本人には、確認するけどね。」
「公正証書で作成するなら証人も必要になるし、勉強にもなるはずだから」
つづく