「だいたい分かりました。丁寧なご説明ありがとうございます。遺言ってもっと簡単なものかと思っていたのですが、こんな風にきちんと説明いただくと、もっとちゃんと向き合って考えてみようと思いました。遺言を書くことについても、家族にきちんと話してみようと思います。」
「そういう気持ちになっていただけて良かったです。」
「あの、少し時間がかかるかと思いますが、家族と話して、それから再度ご相談させていただけますか?」
「えーもちろんです。ご連絡お待ちしております。」
早瀬さんが帰宅した後、兄に早速疑問をなげかける。
「ねえーお兄さん、遺言書があっても、法定相続人全員で、遺言書と異なる遺産分割協議をして、その遺産分割協議に全員が同意したら遺産分割協議が有効になるという判例なんだけどさ。」
「判例は、有効とまではいってないけど、和花が言いたいこと分かるよ。例の有名な最判平成3年の判例と矛盾するって言いたいのでしょ?」
「そう!『特定の相続人に特定の遺産を相続させる旨の遺言は、特段の事情がない限り、被相続人の死亡の時に、直ちに当該遺産は、当該相続人に承継され、その遺産に関しては、遺産分割の協議を経る余地はない』ってやつ」
「あー。そうだね。この判例の趣旨に照らせば、例えば、甲土地をAに相続させる。という遺言があったら、甲土地は、被相続人が亡くなったと同時にAが相続することになって、遺産分割協議ができない。というように思うよね。でも、一方で、遺言書があっても、相続人全員が遺言書と異なる内容で遺産分割協議に同意したのなら、それが認められるという地裁だけど判例もある。私もね、和花と同じ疑問を持って、この判例調べてみたことがあるんだ。」
「うんうん。それでお兄さん、その結果どうだった?」
「まぁちょっと判例の話は置いといて、例えばさ、Aの土地と建物をB名義に変えてほしいとAの相続人全員(BCD)が事務所に来たとする。戸籍で確認すると、確かにAの相続人は、BCDだけだった。和花ならどうする?」
「えっ、B名義にする遺産分割協議書作成して、登記をB名義に変更する手続きする。まぁ、もちろん、遺言あるかは確認するけど。」
「ご依頼人が遺言の存在を知らなかったり、知っていても言わなかったら?」
「私には、知りようがないから、登記をしてしまう。相続人全員の合意があるし、特に問題ないかと… だって、遺言を探してください!とか、遺言の存在隠してませんか?とまで疑い介入することは、司法書士としてやりすぎのような気がする。」
「ごめん。ごめん。和花を責めているわけじゃないんだ。じゃー登記官はどうだろう?」
「登記官は、形式的審査権しかないから、相続人全員の遺産分割協議書その他、必要書類が調っていたら、登記をする。」
「そうだよね。実際は、遺言があっても、相続人全員が遺言内容と異なる遺産分割協議をして納得しているなら、不動産について、登記ができてしまう。ということになるよね。」
「うん。できてしまう。」
つづく